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2006年12月17日
元人質のソーシャルネットワーク
ある1つの経験でその後の人生が大きく変わり、なおかつその経験を誰かと共有しているなら、それはソーシャルネットワークとして機能する1つの大きなきっかけになると言えるかもしれません。
ペルーの日本大使公邸が現地の左翼ゲリラに占拠、人質72人が拘束された事件が発生してから2006年12月17日で10年になるそうです。当時、私は現地にこそいませんでしたが、ロンドンの日本大使館に勤務していましたので、事の成り行きを「もし自分の身に起こったら」という気持ちで見守っていたのを覚えています。
ペルー人質事件10年/ 日本の民間人、127日間 命の危機
/ 「人生変わってしまった」 / 扉や皿の音 なお敏感今月9日、東京・六本木のペルー料理店で「13人の天使の会」があった。事件解決までの約4カ月間、ともに人質生活を送った日本企業の民間人たちの会。事件の記憶を消さぬようにと、年2回、事件発生と人質解放の“記念日”の前後に旧交を温めている。(中略)
会の名前は、元丸紅リマ支店長、斎藤慶一さん(59)が当時、邸内の生活を記したノートの題名「13人の天使達」にちなむ。「あの場にいた人でないと理解できないことがある。我々は戦友だから」と元トーメン・リマ駐在員事務所長、岩本匡司さん(67)。(以下、略)
以上、12/17/06日経より引用
記事は、それ以来、未だに精神的ショックが残っていることや、その後も情勢が安定しないペルーや危機管理に教訓が活かされていない日本に対してこの元人質の人たちは苛立ちを感じている、という内容で締めくくられています。
こうした「非日常」体験を共有したソーシャルネットワークとしては、それこそ戦友の会がありますが、単なる「同窓会」的なつながりで終わるか、つながりをきっかけにした社会的活動(つながりが外向きになる状態)に発展するかはメンバーで新たな共通目標・目的を掲げて合意できるかどうかにかかっています。
拉致被害者の家族会などは社会的活動につなげた代表例ですね。
で、ソーシャルネットワークが長期にわたって機能するためには、そんな社会的活動に発展していること、というのが重要な条件のように思います。
いずれにせよ、ソーシャルネットワークも、そういう「つながり」のステップと、「活動」のステップに分けて見てみると興味深いところがたくさんありますよね。
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投稿者 鶴野充茂 : 2006年12月17日 11:44